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宮下奈都の「私の中の福井」

宮下奈都

プロフィール
宮下奈都(みやしたなつ)
1967年福井県生まれ。2004年に「静かな雨」で小説家としてデビュー後、数々の作品を執筆。2016年には『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞を受賞。現在も福井にて執筆活動を行う三児の母。

 東京、神奈川、秋田、新潟、京都、北海道。そして、福井。これまでいくつもの街で暮らしてきた。
 京都の、世界文化遺産であり国宝でもある文化財のすぐ近くに住んだときは、文化財の近くで暮らしている誇りよりも、毎日の観光客の多さに辟易(へきえき)した。付近の店はつねに混んでいて、道はいつも渋滞。子供たちを幼稚園に通わせるにも苦心した。観光に来るにはいいけれど、住むには適さないとすぐに気づいた。
 北海道の、山奥の、いわゆる僻地(へきち)で暮らしていたときは、大自然に囲まれてそれはそれは楽しかった。観光客も滅多なことでは来られない場所だったけれど、住人にとっても生半可な気持ちでは生きていけない場所だった。店が一軒もないので買い物をするにも山を下りなければならない。冬場は−25度まで気温が下がった。雪が降ると、陸の孤島と化すこともあった。それでも、住人たちは力を出しあって、少しでも快適に過ごせるよう工夫していた。
 さまざまな街で暮らして、実感したことがひとつだけある。住みやすい街というのは、基本的に、観光客の来ない街だった。暮らしやすい街、幸福度の高い街、いつもランキング上位に入っている福井を私は愛しているが、それはとりもなおさず、観光向けにつくられた街ではない、ということではないか。
 福井が好きだというと、どういうところが好きですか、と聞かれる。お気に入りの場所を教えてください。おすすめのお店はどこですか。そう聞かれることもたびたびある。そのたびに、考える。聞いてくれた方に合いそうなおすすめの場所や、店。
「養浩館はとても好きです。気持ちのいい水を見ながら一日じゅう本を読んでいられます」
「水島の海はほんとうにきれいで、行くときっとびっくりすると思います」
 いくつかの場所をおすすめしながら、ぱきっと割り切れない気持ちでいる自分に気がつく。そうなのだ、もちろん養浩館は好きだし、水島もいい。でも、うまくいえないけど、いい場所はもっとある。好きな場所ももっとあるのだ。それを感じるのは、犬を連れて散歩をする道に秋の夕方の日が差すときだったり、白く染まった向こうの山々にしゅっとした雲がかかるときだったり、近所に残る小さな田んぼから一斉に蛙の鳴き声がするときだったりする。でも、それらは観光地ではない。
「県立音楽堂に向かうとき、8号線から一本西に入った道を通るんです。そうすると、色づいた麦の向こうに、ホールが見えてくるんです。あれはとても心の躍る瞬間です」
 私がそう熱く語っても、何が伝わるだろう。私の中の県立音楽堂像は、これから聴きにいく音楽への期待も混じっての心象風景かもしれない。これまでにたくさんの福井県民たちと共に楽しんだ音楽や、そこでの思い出も含めての景色かもしれないのだ。
 そういう、暮らしの中で見つけた福井のおすすめを、うまく伝えられる自信はあまりない。ワンさぶ子だから、わかりやすい場所を選んですすめる。それがどれくらい人の胸に届くのか。誰にでも届くよさというのは、ほんとうはどこにでもあるよさなのかもしれない。
 私の好きな福井は、なにげない福井。日々の暮らしの中で、しみじみといいなあと思う、さりげない福井。それがたくさんあることが、福井の豊かさなのだと思う。どうかあなたにもこの思いが伝わりますように。