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津田寛治の「KANJIて福井」

映画という手法で駅前を盛り上げるということ。

 「昔、駅前にあった百貨店のだるまやに『だるまや少女歌劇団』っていうものがあったらしいんですよ、宝塚みたいな」と、木川さんが発言していた。へー、と僕も耳を傾けた。
 「だるまやの中に劇場があって、そこで女の子たちが歌ったり踊ったりしていたらしいんですね。それを映画化できないかと」そんなものがあったとは知らなかった…。凄いな。しかも映画化? 昔の話だからやるとなるとお金がかかりそうだが、物凄く夢のある話だ。福井の歴史も掘り下げられるし。そうか、全盛期の福井駅前を舞台にした映画化……、木川さんの頭の中にある映画を使った街の見直しが感じられたような気がした。その作品を作ることで福井駅前の成り立ちも研究でき、その映画を公開すれば駅前の存在価値を多くの人に伝えられる。素晴らしい企画だと思った。
 「いや、素晴らしいですね!」思わず言ってしまった。「僕ね、前から映画作りと街作りって何か似てるなあと思ってたんですよ」と、さらに軽口で言ってしまった。もう止まらない。「映画って沢山の人が手作りで作るものなんですね。もちろんカメラとか照明とかなんかの機械の力も借りるんですけど、一番大事なところは人の感性で作ってるんです。それって街も同じで、作ってくのに大切なのは建物とかの外観の美しさじゃなくて、そこで生活し働いている人だと思うんですよね。ショッピングモールとかはホントに便利で、何でも売ってるし、子供を遊ばせる広場もあるし、何よりも全てが一箇所にあるから移動に時間がかからない。でも、どこのショッピングモール行っても風景が一緒で個性がないんですよね。あんなところで毎週休みに家族が過ごしてていいのかなって。でも、駅前とかの街は、まだギリギリ個性があるような気がするんですよ。それはやっぱり、そこに人が住んでて、永い時間をかけて人が作ったものだからだと思うんですね。いや、別にショッピングモールを否定している訳ではないんですよ。ただ、駅前には駅前にしか出来ないことがあるんじゃないかなって思うんです。それって凄い映画作りに似てるなって」。
 雨はさらに酷くふり、僕の焦点のずれたトークも、後ろの席を陣取っている悪友たちには一言も届いてなかった。届いてなくても構わない。あいつらには殊更届かなくても構わない。どうせこの後飲むんだし、そのときに苦言を申し立ててやる。もう四十半ばなんだから少しは大人に成りなさいよと。世の中の役に立てとは言わないけれど、人の仕事の邪魔はしなさんなと。大体あいつらは高校時代からってそんなことはどうでもいい。とにかく僕は、その後も唾を飛ばしながら思いのたけを喋った。まるで自分に言いきかせるように。 (つづく)

昭和8年のだるまや百貨店。このとき、天皇陛下が陸軍特別大演習のため来福されている。
(所有者:株式会社加藤ビル 加藤幹夫氏)