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津田寛治の「KANJIて福井」

その人の思い出が磁場を作る

 2012年夏の終わり、福井。
 紺碧の空の下、足羽川の川っぺりを僕は汗だくになって走っていた。といってもジョギングをしていたわけではない。気がついたら走っていたのだ。足羽川と荒川が合流する木田橋の下、広大な芝生が広がる川原を、デジカメを持ちながらドタドタ走っていた。「ここだ…ここだ」とか呟きながら。
 福井駅前を舞台にした映画「カタラズのまちで」のロケハン(撮影する場所を下見して決める作業)をする為に福井入りしたのが一時間ほど前。着いて早々、物語の舞台となる川原を探しに出かけた。プロデューサーの木川さんが幾つかの候補地を用意してくれていたので、それを順番に見ていこうと思ったのだが、車を運転していた安井さんが「ロケハンの前に、見てもらいたい所があるんで…」と言ってハンドルを切った。安井さんは市役所の中心市街地振興課で働いていて、「カタラズのまちで」の製作を手伝ってくれる人だ。白いポロシャツに青いスラックス。ガッシリした腕や太い首は褐色に焼けていて、少年のような瞳がいつもニコニコ笑っている。
 そんな安井さんが「候補地ではないんですけど」と、ロケハンの前に連れて来てくれたのがこの川原だった。市街の中心から少し外れた所にある木田橋という静かな橋の下に広がる風景は、僕のイメージする川原そのものだった。いや、それ以上だ。心の中で何かが形になっていく感覚にワクワクした。そして気がつくと走っていたのだった。色んな角度から風景を見る。橋の上から、土手の上から、対岸から。カバンからノートとペンを取り出し、思いついたことをガリガリ書き綴る。そしてバシャバシャ写真を撮る。「津田さん」という声で我にかえると、安井さんがタオルを差し出して笑っていた。「汗凄いから。近くのコンビニで買ってきました」。僕はそのスカイブルーのタオルを受け取り、滴る汗を拭いながら興奮気味で安井さんに語った。
津:「いや、素晴らしいです! イメージどおり、いやそれ以上です! 荒川水門もいいし、向こうにある小さな公園もいいし。素敵な場所、ありがとうございます」
安:「いえいえ。そろそろ他の候補地も見に行きますか」
津:「あ、他のは見なくていいです。ここに決定です、ここしかないです」
安:「え、いいんですか?…そうですか、よかった。私も昔からここ好きだから」
と言って安井さんは更に笑顔をこぼした。話を聞くと、この場所は安井さんが小っちゃい頃によく遊んだ川原だという。水遊びをしたり、釣りをしたり、野球をしたり。つまり安井さんにとってここは特別な場所なのだ。
 僕は仕事柄、色んな所に行くが、その度に場所独特の磁場のようなものを感じる。その磁場には、それぞれの色や強さがあり、静かにその場所を包み込んでいるように思う。多分それには、沢山の人々の、そこにまつわる思い出が関わっているような気がする。人がそこに残していったエピソードの匂いが幾重にもブレンドされて漂っている気がするのだ。そしてこの川原にも、同じようにそんな場所エネルギーみたいなものを感じた。緩やかに流れる川の音。風の匂い。揺れる草花。小鳥たちのさえずり。頭上に広がる真っ青な空。そのどれもが優しい眼差しで僕を見つめているような気がした。
 また、ここに連れて来てくれた安井さんにも同じような優しさと広さを感じた。この場所と安井さんは繋がっているのだと思った。「いやー、安井さん。なんと言ったらいいか…本当にありがとうございます」僕はそう言うと、再び走り出した。走りながらゆっくり流れる足羽川を見ると、川岸で釣りをする少年とおじさんが見えた。見えたような気がした。「カタラズのまちで」の主人公たちだ。映画が、音を立てて動き出すのを感じた。