世界の「ものさし」!?福井県年縞(ねんこう)博物館で知られざる世界の軌跡を目撃
福井県若狭町の北端に位置する三方五湖の一つ、水月湖で世界的に重要な発見がされました。それが水月湖の年縞です。年月7万年分、長さにして45m、1年の欠けもない完全な状態で見つかり世界最長の長さを誇ります。2018年にオープンした福井県年縞博物館は、そんな水月湖の年縞を展示する貴重な博物館です。今回は博物館の見どころを学芸員さんに案内していただきました!
福井県年縞博物館とはどんな施設?
舞鶴若狭自動車道「三方五湖スマートIC」から車で約5分、国指定名勝の1つでラムサール条約登録湿地でもある三方五湖のほとりに、「福井県年縞博物館」があります。2018年にオープンし、2021年には、全国約5,700の博物館の中から、第2回日本博物館協会賞に選ばれました。デザイン性の高い展示や、長年にわたる研究、地域活性化への貢献などが評価されたポイントといいますが、どんな博物館なのでしょうか。それでは、実際に中に入ってみましょう!
年縞って何だろう?
館内を案内していただく前に、まずは「年縞」について学芸員の長屋憲慶(かずよし)さんに教えていただきました。「年縞とは、長い年月をかけて湖の底にできる堆積物の層が作るシマシマのこと。白っぽい層と黒っぽい層が交互に積み重なり、シマシマが作られます。黒い層と白い層セットで1年分の年縞です。これが1年に1つずつできることから、年縞を辿れば、堆積物から当時の気候を探れたり、遺跡で発掘される出土品の年代を正確に特定できたりと、『ものさし』としてさまざまな研究に役立てられるんですよ」と長屋さん。福井県年縞博物館では、ナビゲーターが常駐しているので、気軽に質問することもできます。
水月湖に潜り込む「年縞シアター」からスタート
まずは入口近くの「年縞シアター」から。ここでは、7万年分の年縞が発見された水月湖年縞の概要を美しい映像を見ながら学べます。円柱状になったシアターでは、正面約180度に加え、なんと床面にも映像が!シアター全体に映像が映し出されたときには、思わず「わぁ」と声が出るほど、その幻想的な演出に驚いてしまいます。水月湖に潜っていくような体験ができると、館内でも人気の高い展示だそうです。
Column
世界の「ものさし」発見はまさかの偶然!?
水月湖の年縞が見つかったのは、実は偶然の出来事でした。1991年、三方湖畔の縄文遺跡「鳥浜貝塚」の発掘調査研究の一環で、水月湖の湖底ボーリング調査が行われ、その時にたまたま見つかったのがこの年縞でした。その後、1993年の調査で、この年縞は1年あたり厚さ約0.7mmの1層、それが一年の欠けもなく7万年分積み重なり、厚さにして45m連続していることがわかります。その後度重なる掘削研究などを経て、2006年にニューカッスル大学の中川毅教授(現立命館大学教授)を中心とした国際チームが世界で最も長い45m全ての年縞の採取に成功しました。
7万年を遡る美しい年縞のステンドグラス
長屋さんの案内で、次に向かったのは2階の展示。最初に現れたのが全長45m、圧巻の年縞ギャラリーです。手前から奥に向かって現在から過去へ、7万年の時をさかのぼれます。ステンドグラスの状態で飾られた美しい年縞を、ひとつずつよく見ていくと、「イベント」と呼ばれる、太かったり、色が違ったりと、前後の年縞とは様子の異なるシマシマが時折見られます。これは、地震や噴火など、その年の環境変化を表すもので、近くのQRコードを読み取ると、その時代に何が起きたのか、またどんなものが堆積しているのかを合わせて見ることができます。
水月湖年縞の長さは人類史の長さに匹敵!?
美しいステンドグラスを見ながら時代を遡った後は、展示の裏側も回ってみましょう。こちらのコーナーでは、歴史の「ものさし」である水月湖の年縞が年表のような役割になっており、年縞の目盛りに沿って今度は過去から現在へ、7万年の間に人類が経験したできごとを振り返ります。実は、この7万年という数字がポイント。20万年以上前にアフリカで誕生した現生人類(ホモ・サピエンス)が、世界各地へと生存の場を広げていったのも約7万年前からとされているのです。
つまり人類が活動の場所を広げ始めてから今に至るまでの歴史が、水月湖の年縞の中に全て網羅されていることがわかります。
水月湖の年縞採取の軌跡をたどる
7万年前からの年縞が1か所で連続して発見されたのは、世界でもいまだ水月湖だけです。水月湖年縞の重要さがわかってきたところで、続いては、そんな理想的な年縞が水月湖で見つかったワケを学びましょう。このコーナーでは、地形や地質、生物のありようなど、いくつもの偶然が重なった「奇跡の湖」と言われる水月湖の理由を、CGアニメーションを用いて解説してくれます。水中ドローンを活用して、季節ごとに湖底に堆積していく様子を撮影した貴重な映像も見どころです。また、研究チームが標本作成に使用した道具の展示も。世界的な研究に使われた道具が、実はホームセンターや100円ショップで購入したもので手作りされているとは驚きです。
なぜ水月湖から理想的な年縞が見つかった?
水月湖に年縞ができた理由は大きく2つ。1つ目は水月湖の地形です。湖に直接流れ込む大きな河川がないことや、水深が34mと酸素が行き渡らない深いすり鉢状になっていることから、土砂や生物によって湖底をかき乱されることがありませんでした。2つ目は、水月湖の底が沈み続けているためです。湖は通常、堆積が進むにつれて水深は浅くなっていきますが、三方断層の西側にある水月湖は断層の活動で一年で平均1mmずつ沈んでいます。それに対し、年縞は一年に約0.7mmずつ堆積しているので、湖が埋まることなく、7万年前から現在も年縞を作り続けています。これらの条件は世界でも他に例がないことから、水月湖は「奇跡の湖」と呼ばれているのです。
他にもこんな展示が…
「較正 ─より正確な年代決定─」のコーナーでは、水月湖年縞が年代測定に用いられる仕組みの展示や、実際に年縞の数を数える体験もできます。厚さ0.6mmの年縞を数えるのは、予想以上に難しい作業でした!年縞から探れる気候をもとに気候変動の事実をもまとめたコーナーや、歴史上のさまざまなはかりを展示するコーナー、 さらには2021年3月から新しく常設展示に加わった世界初の展示「死海の年縞」をはじめとする、世界中の年縞の展示も。見応えのある展示が盛りだくさんです。
cafe縞で年縞ボーリング気分を味わいながらひと休み
年縞のことをたくさん学んだ後はカフェで休憩しましょう。博物館に併設された「cafe縞」では若狭町や年縞にちなんだメニューが楽しめます。中でも年縞の掘削作業をイメージした「年縞SAND」が大人気。中央のストローを抜き取ると、竹炭を混ぜた黒い食パンと具材が作るシマシマが!まるで年縞のステンドグラスを見ているようです! すみからすみまで、まさにシマシマづくしの年縞博物館。その深くて貴重な研究を目撃したら、年縞の虜になってしまうかも?
ユニークなミュージアムグッズをゲットしよう
シマシマづくしの博物館を堪能した後は、ここでしか買えない年縞グッズをチェック。年縞の縞模様を転写したネクタイや、全長1mの年縞ポスターや定規など、ユニークなアイテムがいっぱいです!北陸で創作活動を行う図案化・ウィギーカンパニーと「cafe縞」のコラボによるオリジナル手拭いには年代特定に欠かせない花粉ががモチーフとして使われています。かわいくて面白いグッズの数々についつい買いすぎてしまいそう。ちなみに、ポスターは長屋さんの発案なのだとか!
Column
年縞博物館の隣には縄文博物館も
合わせて訪れたい!縄文博物館で太古のロマンを体験
年縞博物館には、「若狭三方縄文博物館」が隣接しています。独特の形をした建物は、土偶のお腹をイメージしたものなのだそう。ここでは、1962年から10次に及ぶ発掘調査が行われた「鳥浜貝塚」の出土品のほか実験考古学的手法で復元した丸木舟や、縄文土器などが展示されています。「縄文」をいろんな角度でとらえた展示をみることで、過去からのメッセージを感じとることができるかも?同敷地内、縄文広場には、再現した竪穴式住居もあります。見学の後は広場でゆっくり過ごすのもおすすめです。
創意工夫に溢れる福井県の人々の生き方に憧れ、コロナ禍で東京から移住。現在は敦賀市の地域おこし協力隊としての活動をするかたわら、県内外のメディアでフリーライターとしても活動中。