うま味の津波が喉に流れ込む カニしゃぶの誘惑
![うま味の津波が喉に流れ込む カニしゃぶの誘惑](/lsc/upfile/article/0000/0591/591_1_l.jpg)
次に我々の前に現れたのは、殻をむいた生の蟹である。
薄っすらと白く色づいた半透明の身が、冷たい水の中に生息する蟹の生態をおもわせる。
生のミソも生々しい、
そうこれからこの蟹を、しゃぶしゃぶにするのであった。
傍らでふつふつと沸き立つ鍋の出汁の中に、脚先を持って静かに沈める。
5つ数えたら、ゆっくりと上げる。
すると蟹の身は白く変わり、表面が松の葉のように、何本もの繊維が立ち上がる。
もうたまらない。
カヲを天に向け、何もつけずにその身を口に落とす。
ああ。
一瞬で力が抜けた。
甘いエキスが舌の上にしたたり落ちる。
暗く深い日本海が湛えた豊饒が、一気に爆発する。
甘いうず潮が舌を翻弄し、うま味の津波が喉に流れ込む。
なんとみずみずしいのか。
なんと命の喜びに満ちているのか。
甘いといっても、微塵のくどさもない。
口を圧倒的な甘美で満たしながら、さらりと消えていく。
我々はもう酒を飲むのも忘れ、一心不乱に蟹しゃぶを食べた。
さあカニ脚と爪を食べたら、今度はミソである。
七輪に甲羅を載せて温める、
湯気が上がって顔を包む。
いい香りが立ってきた、匙で救って食べよう。
とろり。
ああ。
甘みか顔を出す。
香りが立ち上がる。
脂のコクが、静かに膨らみ始める。
その官能が喉に落ちる前に、燗酒をすする。
すると酒の温度でまた味わいが膨らんでくる。
今度はこいつをご飯にかけてやると、どうだろう。
ご飯の甘味と出会って、箸が止まらなくなる。
笑いが止まらないが、そこで一計、蟹の甲羅に酒を少しだけ注ぎ、ご飯を打ち込んでみた。
これは危険である。
良い子はけっして真似してはいけません。
ご飯とカニ味噌と酒が渾然一体となりながら、攻めてくる。
更にはカニ雑炊を作ろう。
先程の鍋に蟹の甲羅などを入れてひと煮立ちさせる。
蟹の味が出てきたところで、ご飯を入れ、しばらく米にうま味を吸わせてから、溶き卵で閉じる。
蟹のうま味がご飯に溶け込んで、深く、優しくなって心を包む
ああ。なんと幸せなのだろう。
咄嗟に今度は家族を連れてきたいと思った。
そう。美味しいものを食べて愛する人たちのことを思い浮かべるのは、その食事が心に届いた証なのである。
海の幸食処えちぜん
福井県丹生郡越前町小樟3⁻81
(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。年間700軒ほど国内外を問わず外食し、雑誌、テレビ、ラジオなどで食情報を発信。そのほか虎ノ門横丁プロデュース、食文化講師など実施。日本ガストロノミー協会副会長、日本食文化会議理事。最新刊は「どんな肉でもうまくする。サカエヤ新保吉伸の真実」世界文化社刊。
7年前に小浜地区の仕事を通じて福井の食材の豊かさに惚れこみ、今回の福井各地の美味しいを探す旅のきっかけとなった。