広大な庭を前に、堂々立つ古民家が待ち構えていた
ここは「薮椿」というお蕎麦屋さんだという。
県内の蕎麦屋には数多く行ったが、こんなロケーションを構えている店は他にはない。
家の前には、木製の古い機織り機や脱穀機が置かれ、傍らの鉄製のしゃれた椅子とテーブルが配置されている。
テーブルの上には、オレンジ色の瓜が一つ飾られ、周囲に温かい光を放っていた。
入り口の木製看板には、「玄 やぶつばき」と。墨痕鮮やかに記され、横の看板には、「石挽き 手打ち 玄」と示されている。
店内に入ると、大きな土間と広大な板張りが広がっており、奥には座敷が控えていた。
土間には、番傘や木製籠など年代物の用具が飾られている。
ここに踏み入っただけで、時間が変わった。
現代のスピードが緩み、街中の垢が落ちていく。
囲炉裏の部屋に案内された。
自在鉤からは、鉄瓶が吊るされている。
品書きは一枚、一枚料理が書かれており、まず「土を喰ふ天ぷら」に心が惹かれた。
「イチジクとベーコンの天おろし」もいいな。
「おすな秋のたのしみ きのこいっぱいそばです」も惹かれる。
散々悩んだ挙句、「土を喰ふ天ぷらそば」と「玉子丼」をお願いした。
「おおっ」。
天ぷらそばが運ばれた瞬間歓声をあげる。
そばの上には様々な野菜の天ぷらが、押し合いへしあい乗っているではないか。
食べればどれも力強い。
地野菜ならではの、生きている香りが鼻を抜け、甘みや苦味が広がっていく。
どれもスーパーで売っている軟弱な野菜とは違う、自我があって、いかにも養分がありますという顔をしている。
それに蕎麦が絡む。
契約農家のそばの実を挽いているということで、ねちっとして香りがある。
噛んでいくと甘みが広がるそばは、すべて地元産だと言い
「10割ですか?」と聞くと
「いや10割には拘っていません。10割にすると捨てるとこが山ほど出て無駄になるので」と、答えられた。
次に「玉子丼」をいただく。
これまた卵の味が濃い。
聞けば「ニワトリっていうくらいですから、庭で買っています」と、ご主人が笑う。
新鮮な卵を使った、玉子丼、これほど贅沢なものはない。
市内で美味しい蕎麦を食べるのもいいが、たまには遠出してこの店で非日常を味わうのもいい。
違う時間が流れるなか、ゆったりと過ごしながら蕎麦をたぐる。
幸福感が、時間をかけて体に満ちていく。
ここは、そんな、かけがえのない空間である。
お店の場所はこちら
そば玄 薮椿
〒919-0313
福井県福井市西大味町27-33
TEL:0776-41-2114