一年中食べられる、天然トラフグの濃い味に惚れるの巻

一年中食べられる、天然トラフグの濃い味に惚れるの巻(その1)
ひれ酒を一口飲んで、のけぞった。
今まで多くのフグ料理店でひれ酒を飲んできたが、こんな濃密な味わいは、飲んだことがない。
フグが持つ旨みの塊が濃縮して、口に突っ込まれた気分である。
フグは脂質がなく、甘味も酸味も塩味もなく、うまみだけが集約した魚である。
だから誤解は恐れず言えば、うま味調味料だけを溶かした汁を飲んだ気分となったのであった。
だがうま味調味料と違うのは、そのうま味に品があり、後に残らない
入っていたヒレも大きかった。
聞けば、干したヒレを、2時間掛けて炭火の遠火で焼いているのだという。
だからこんなにも味が凝縮しているのか。
ここは若狭高浜のフグ料理屋「五作荘」である。
一年中フグがいただけることが有名で、全国からフグ好きが集まってくる。
一年中食べられるといっても養殖ではない。
4月から5月に産卵に来る天然トラフグを捕らえて、生簀で蓄養したフグなのであった。
しかも餌はペレットではなく、小さな鯖やイワシといった生エサを与えている。
だからほぼ天然のままの状態で、生きている。
しかもこの一帯は、産卵の最北だということで、真子も白子も太り、体も大きく栄養に満ちて
その産卵直前の春に捕り、蓄養しているのだから最上の状態だろう。
コースは、家の畑で取れた梅酒に始まり、内浦レモンを添えた「とおとおみ(サメ皮の下にある皮で大きいフグにしかない)」から出された
この「とおとおみ」には根性がある。
よく育ち、動いていたアスリートのフグの証で、最初の一口はグッと顎に力を入れなくてはいけない。
そして30回ほど噛むと、コレーゲンの甘みが溶け出し、35回ほどで、ヨプ役消えていく。
後に残るは、甘い余韻である。
次は、フグ料理の華「てっさ」である。
この「てっさ」もしたたかさを見せつける。
やはり30回ほど噛むと、うま味が溶け出して舌下に広がり、そのままうま味を溢れさせながら、50回ほどで、ようやく喉に落ちていく。
しかもみずみずしい。
だから普通は、3から4枚取って食べるがこのてっさは、1から2枚で存分に満足できる。
お次は「てっちり」だった。
「てっさ」もそうだが、写真の「てっちり」も一人前の量である。
ふぐだけでお腹いっぱいになる。
この店は、そんな幸せを得られる店なのである。
さてそのふぐ鍋もすばらしかった。
様々な部位が入っていて、それぞれの味の違いが楽しめる。中でも一番美味しいと言われる腹下のウグイスも入っていて、その弾力たるや尋常ではない。
噛むほどにうま味が滲み出る感覚は、この店ならではであろう。
ちなみにポン酢は、地元の醤油と店のお母さんの出身地である熊野産柚子を合わせ、作っているのだという。
続いて、「真子の酒粕漬け」が出された。
塩漬け2年、梵の酒粕に一年つけることによって完成した珍味である。
箸先で少しだけ取って、舐めただけで酒が恋しくなる。
香ばしい酒粕の香りの彼方から、熟成した丸い神秘の味がやってくる。
これはいけません。
次は「フグの握り」が出された。
分厚く切った細身を炙り酢飯と合わせてある。
噛めばシコシコとして、酢飯の柔らかさと対をなしながら一緒になっていく様が楽しい。
そして「てっぴ」、フグ皮が出された。
こうしたフグ皮は食感の楽しさだけで、ポン酢に負けてしまうことが多いが、ここはそうではなかった。
最初はポン酢の味だが、前歯で長く噛んでいると、甘みが流出してくる。
口中の味変化を楽しめる「てっぴ」である。
続いては「フグの唐揚げ」ときた。
人気のフグ料理だが、これはまさしく肉だった。
牛や豚を食べているのと久しく、肉を噛みしだく喜びがある。
「もっと噛め」と、フグから背中を叩かれる。
そんな唐揚げだった。
一年中食べられる、天然トラフグの濃い味に惚れるの巻 その2
お次は泣く子も黙る「白子焼き」が運ばれた。
このために僕は、ひれ酒を継ぎ酒して待っていたのである。
「おうっ」。
一口食べて吐息が漏れた。
表面の薄皮が破れると、とろんと白子が現れる。
しかし、味がだれていない。
うま味が澄んでいる。
白子焼きには、もっと色気を感じるが多いが、これは17、8の女性の色気である。
しなやかな色気が、心が焦らす。
この塩焼きが気に入り、照り焼きも追加注文した。
その間に「昆布締め」が来る。
昆布の旨味とフグの旨みが、自然に抱き合っている。
天然の旨み同士の自然な繋がりに、唸る。
この「昆布締め」は、30回くらい噛んだところで、口の中で前に戻して前アバで噛み直してやるといい。
すると再び甘みが滲み出てくるのだった。
さあ「白子の照り焼き」が運ばれた。
これも素晴らしい。
甘辛い、照りだれの味に負けてしまうのではと想像したがとんでもない。
つけだれの濃い味に負けていない。
もちろん最初の一口は、タレの甘辛さが先行する。
だが白子は、後から鎌首をもたげて、口の中を満たすのであった。
塩焼きより、こちらの方がいやらしく、年の頃で行ったら40代に入った女性の色気だろうか。
すっかり惚れてしまったのだな。
そして締めご飯は、雑炊である。
フグの旨味を吸った米に、思わず笑みが溢れる。
品のあるうまみに満ちていて、体の奥から幸せ感ガセリ上がってくる。
最後は、女将さんが作られた水羊羹で締め括られる。
この水羊羹、市販を凌駕するおいしさで、フグの余韻を消さない甘み加減が心にくい。
これでフルコース19800円、宿泊は1人30000円からだというから、お値打ちである。
「今日のフグは4キロほどです」と、胸をはる現当主の、さんは、三代目で、学校の教師から転職されたのだという。
おじいさんはフグを愛されていのだろう。
苦労して蓄養の技を開発し、繋がれた。
「フグを食べるなら高浜に行け」。
将来そんな時代になるだろう。