福井郷土料理の魅力をフランス料理で知る

先人たちの智恵が詰まった郷土料理や食材は、消えつつある運命にある。
日本料理屋でさえ、食べる機会が減っていく。
そのため我々は、知ることもなく、触れる機会も少ない。
しかしそれが、フランス料理店で知ることができたらどうだろう。
シェフが地域の伝承料理に敬意を払いながら、モダンに再構築して、表現したらどうだろう。
ここ「レゾンス」では、そんな瞬間が待っている。
アラレガコ、池田ばんこ餅、山ウニ、永平寺黒ニンニク、おつくねなど、何度も福井に足を運んでいる私でさえ、初めて知る食材や伝統料理に出会うことができた。
アミューズからして「九頭竜川アラレガコ 金柑」である。
アラレガコは、九頭竜川に生息する体長15~30cmほどのカジカ科の淡水魚で、淡白で上品な味がするのだという
そんなアラレガコをリエットにし、カリフラワームース、キンカンのコンポート、自家製辣油を合わせた一皿だった。
アラレガコのリエットはうまみが深く、そこへ微かなアクセントとしての辣油が生きていた。
二皿目は「大野上庄里芋 池田ばんこ餅」と書かれている。
ばんこ餅とはなんぞや?
なんでも、、福井県池田町の伝統的な保存食で、よもぎを練り込んだ、直径約20cm、厚さ1.5cmの円盤状の深緑色の餅なのだという。
そこへこれも福井名物、大野上庄里芋のコンフィ、豆乳魚介スープ、カラスミを合わせてある。
スープは限りなく優しく、芋はホクホクとしてエレガントな味わいを見せ、そこにばんこ餅は、青々しい香り放つ。
そこへカラスミの塩気が、もちの甘さを引き出している。
豆乳、餅、里芋、カラスミという、フランス料理では使わない食材を使いながら、見事にフランス料理の優美さを表している逸品だった。
続いては「白バイ貝 フェンネル 黄金柑ソース」。
サワラをオリーブオイルでマリネし低温調理したものに、薪火焼きしたバイ貝を合わせ、福井の特産品である黄金柑のソースと乳酸発酵したフェンネルを加えている。
しっとりと柔らかく、品のある旨味を感じさせる鰆と、真備の香りをまとったコリコリとしたバイ貝が対をなし、互いの持ち味を引き立てる。
さらに甘酸っぱい黄金柑と発酵させたフェンネルの柔らかい酸っぱさという、2種類の酸味が重なって、食欲に火をつける。
特にソースの甘酸味は、サワラとバイ貝と響き合い、素敵な時間を作っていた。
次は「越前東郷えごま卵 永平寺黒にんにく」と書かれていた。
聞けば前者は、福井県産の地鶏「福地鶏」に、えごまを添加した飼料や青菜を食べさせて育て、産んだ卵であり、後者は永平寺町特産「上志比にんにく」を、高温・高湿環境のもとで長時間熟成後、自然熟成させたものだという。
ポーチドエッグに黒ニンニクソースとジュニパーベリー、ベーコンを合わせ、うち豆を蒸したものとトマトソースが添えられている。
フランス料理には、ウフ・アン・ムーレットというポーチドエッグの赤ワインソースをかけた名物料理があるが、これはその料理に敬意を払った、新たな形だろう。
黄身のねっとりと舌にからむ甘みに、黒にんにくの練れた旨味がよく合う。
続いては「鱸 五色豆、おつくね 河和田山うに」と、また鱸(スズキ)以外は、見慣れない言葉が並ぶ。
鱸ヒラスズキには、白ワインソースが合わせられ、黒豆とネギの蒸し煮、五色豆、そしてへしこパウダーや山うになどがアクセントで添えられる。
山うにとは、黄柚子、鷹の爪、福耳唐辛子(赤なんば)、塩を合わせたものであり、五色豆は、いり豆と砂糖をからめたものだという。
この料理、ヒラスズキに白ワインソースを合わせただけで、ワインが恋しくなるフランス料理の魅力を詰め込んだものだが、そこんい様々なアクセントや豆の食感などがからみあい、深いものにしている。
ここに、おむすびが別皿で添えられる。
このおにぎりが「おつくね」である。
東郷の方言で「おむすび」を意味し、地域の結束を表現する言葉として使われているらしい。
つまり、米粒が集まっておむすびになるように、住民一人一人がつながって一つになることを願って、おむすびを握るのだという。
スズキを食べながら、おつくねを食べる。
そして小さくなったおつくねを。パンでソースを拭うがごとく、ソースに漬けてみた。
おいしい。
豊かなソースと米の甘みが合う。
フランスと福井が手を繋いだ瞬間だった。
続いて、「文殊山椎茸 あわら角屋蓮根、人参のソース、エノキ茸フライ、牛乳の泡、越前海岸百笑の塩」という野菜だけで構成された料理が出された。
椎茸は肉厚で旨味強く、蓮根はホクホクとして芋のようであり、フライにされたエノキ茸はシャキッと弾む。
それら野菜の甘みを引き出すのは、越前海岸で製塩されている志野さんの塩である。
最後のメインは、「若狭牛 麩市の地辛子」
客席から見える薪かまでイチボを焼いたものである。
芋のような食感で、青い香りのするルートパセリや赤蕪、スナップエンドウを添えて、ソースフォンドヴォーの旨味で食べさせる。
デザートがはこばれた。
「小豆 豆腐 春江ICHIGOOJI苺」とある。
これがまた面白い。
福井名物水羊羹のように固めたものにカルダモンとバニラの香りを添え、豆腐と小豆のアイスを合わせてある。
さらに茹でた小豆と豆腐を合わせたクリームソース、桜風味とイチゴのヘタソース、ヨーグルトのチップスが加わる。
小豆の日本的風景と、カルダモンやバニラという洋風の香りが合わせって、エキゾチックな気分となるデセールだった。
最後は、食後お飲み物 お茶菓子、黒文字とチョコレート、イチゴのジャムで締めくくった。
最後に楢木シェフに感動を伝えると、
「いろんな方に、福井の郷土料理や食材を知ってもらえる機会を増やしたい」。
そう目を輝かせた。
折しも他の客席は、2〜30代のカップルで、美味しそうに楽しんでいる。
おそらく福井在住の彼らでさえ、初めて知る郷土料理や食材もあろう。
楽しむ彼ら彼女の姿を見ながら、レストランが食文化に果たす重要な役割を、再度噛み締めたのだった。